ブータンラボ

現国王は第5代。初代から現代まで、ブータンの国王をご紹介

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ブータンの国王といえば、日本では現第5代国王が有名ですね。東日本大震災の半年後に来日をし、日本の子供たちに素晴らしいスピーチもくださいました。それでは初代から前4代まではどのような国王だったのでしょうか。


初代国王:ウゲン・ワンチュク(1907〜1926)
ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク現第5代国王は、前国王の実子であり、2006年に国王に在位しました。端正な容姿と気さくな立ち振る舞いで、国境を越えて人気を博しており、とりわけタイでは写真集まで発売されているほどです。
また日本でも、東日本大震災の半年後に来日し、その際の”こころの龍”のスピーチは震災した多くの人々の心に響きましたね。まだ36歳という若き国王、これからどんな活躍を見せてくれるのか目が離せませんね。
~第5代国王の「こころの龍」のスピーチ~
「みなさんは龍をみたことがありますか?私はあります。龍はひとりひとりの心の中にいます。私たちは“人格”という名の龍を持っています。龍は私たちみんなの心の中にいて、“経験”を食べて成長します。だから、年を重ね経験を積むほどその龍は強くなるのです。そして、感情をコントロールして生きていくことが大切です。みなさんも自分の龍を大きく素晴らしく、大切に育ててください」

第2代国王:ジグメ・ワンチュク(1926〜1952)
現第5代国王の実父である第4代ジグメ・シンゲ・ワンチュク国王の時代に、ブータンは一気に現代化を進め、その手腕は退位した今でも国民の尊敬を集め続けているほどです。第3代国王の急逝により16歳という若さで急遽即位することになりましたが、めきめきとその頭角を現します。

第3代国王の時より徐々に実施されてきていた国王の権限の縮小化を一気に押し進め、行政の実権を担う首相職を設立するなど、立憲君主制の国ということを世界にアピールすることに成功しました。また、今やブータンの肩書きともいえるGNH・国民総幸福量を政策として提唱したのも、この第4代国王です。
現代化を図る一方で、公の場での民族衣装着用を義務付けるなど、ブータン独自の伝統を守ることにも尽力しました。2006年に現第5代国王に譲位し、現在は民衆の生活を自らの目で見るため、国内を巡り歩いていると言われています。

第3代国王:ジグメ・ドルジ・ワンチュク(1952〜1972)
ジグメ・ドルジ・ワンチュク第3代国王は、「近代ブータンの父」と呼ばれています。第4代国王の時代にブータンは一気に民主化を押し進めましたが、その構想は第3代国王によるところが大きかったようです。
まず憲法面では、○国民議会の設置、○王立諮問委員会の設置、○国王権力の制限という3つの方針を打ち出しました。また、経済面ではインドからの資金援助交渉に成功し、ブータンの経済発展に大きな寄与をもたらしました。続いて外交面では国連に加盟し、世界にブータンという国を知らしめる第一歩を踏み出すことに成功しました。

第4代国王:ジグメ・シンゲ・ワンチュク(1972〜2006)
ジグメ・ワンチュク第2代国王は、それまで一貫して外国人の立ち入りを禁じていた鎖国制度を一部緩め、1933年には英国人の立ち入りを許可しています。また第3代国王がインドからの資金援助に成功した裏には、第2代国王が築いたインドとの外交関係が大きく影響したともいわれています。

現第5代国王:ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク(2006〜))
ウゲン・ワンチュク初代国王は、「近代ブータン建国の父」として知られています。初代国王が即位するまでのブータンは、各地で内乱が続いていましたが、彼の統治力により紛争や内乱は徐々に収まっていきました。1907年に彼の統治力・政治力・外交力等が高く評価され、宗教界、議員、各地方の村長、国民代表が集まり、プナカで会議を行った結果、世襲国王として選出することが決まりました。
国民の富を第一に掲げ、近代的な学校の建設やインフラの整備、西洋的な教育体制をブータンに導入するなど、当時のブータンには画期的で斬新な制度を多数取り入れました。一方で、近代化を進める一方で、仏教の保護にも力を入れ、僧侶の修行場や寺院の建設・修復活動も行いました。

まとめ
現代国王から初代国王までの歴史を、ざっくりとではありますが辿ってみました。その世相に応じた政策が取られていますが、共通しているのは、近代化に向けて前向きであること、同時に伝統を重んじ仏教の教えを大切にしてることではないでしょうか。5代の国王の下、国民一丸となって築き上げている国ブータン、一度自分自身の目で確かめてみたいですね。
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